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旧垂水警察署の雄姿
![]() 建物ってその立地条件によってこんなにも違って見えるものなんだ…。 上の画像は「お菓子の里丹波」にそびえたつミオール館。 前身はなんと旧垂水警察署。 1949年(昭和24年)〜1986年(昭和61年)まで垂水、海神社の浜側2号線沿いに埋もれるように建っていたあの警察署です。 元は大正時代の初期に建てられた四本氏の別荘で、歴史的価値は極めて高いといいます。 解体の後、移築改装され丹波で生まれ変わりました。 どうですか。「晴れ姿」です。「お菓子の里」の1万坪の庭園内、他の4つの建物を見下ろすような雄姿。 排気ガスから抜け出て、小鳥さえずる清廉な里、建物に英気が満ち満ちているように感じます。 見るほうもこりゃあ、気持ちいいです。 ![]() 画像/上はMINODA、下は風民。 ●お菓子の里丹波 10:00〜18:00 年中無休。 入園料(本館は無料) 大人:300円 子供:200円(6歳以上〜13歳未満) 2009/5現在は入園料無料となってます。 駐車場あり 無料
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そうか、母の日
![]() 5月10日(日)は母の日 母の日と言えば、カーネーション。 神戸駅の地下街 DUO KOBE 山の手 サンポルタ広場では、花の特設売場が…。 【母の日のウンチク】 起源は17世紀イギリスの「Mother's day」「Mothering Sunday」(奉公中の子ども達が年に一度、教会で母親と面会出来る、復活祭のちょうど40日前の日曜日)に遡るとの話もありますが、日本はやはりアメリカの影響が大きいようです。 アメリカでは、南北戦争終結直後の1870年、女性参政権運動家ジュリア・ウォード・ハウが夫や子どもを戦場に送るのを今後絶対に拒否しようと立ち上がり「母の日宣言」(Mother's Day Proclamation)を発しました。 そして、ジャービスの死から2年後の1907年5月12日、娘のアンナが、亡き母親を偲び、母が日曜学校の教師をしていた教会で記念会をもち、白いカーネーションを贈りました。これが日本やアメリカの起源とされています。 ジャービスの母への想いに感動した人々は、母をおぼえる日の大切さを認識し、翌1908年5月10日には同教会に470人の生徒と母親達が集まり、最初の「母の日」を祝いました。その席で、アンナは参加者全員に、母親が好きであった白いカーネーションを手渡したことから、白いカーネーションが母の日のシンボルとなったと言われています。 アンナ・ジャービスは、友人たちに「母の日」を作って国中で祝うことを提案し、1914年に「母の日」はアメリカの祝日になり、5月の第2日曜日と定められました。 日本では、1931年(昭和6年)に、大日本連合婦人会を結成したのを機に、皇后(香淳皇后)の誕生日である3月6日(地久節)を「母の日」としましたが、1949年(昭和24年)ごろからアメリカに倣って5月の第2日曜日に行われるようになりました。(ウィキペディアから抜粋) (記事・画像 MINODA) そうだったのかぁ。平和への気持ちを込めて「母の日宣言」が発せられたのが1870年。日本では明治初頭、神戸開港間もない頃ですね。そして最初の「母の日」が1908年の5月。わが国は日清・日露戦争を経て、人々が「国家」というものを意識し始めた時代…。世界との時代意識のズレが見え隠れします。 私も母も亡くして1年。後悔ばかりを募らせています。ずっと気恥ずかしかったカーネーション、今年は一輪ささげてみますか。白い色で…。(編集長)
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塩屋川の鯉のぼり
![]() あさっては子どもの日。 鯉のぼりの画像なんぞ。 塩屋川ミニコープ付近にかかる子ども達手作りの鯉のぼり。 あはは。短く、かよわい。 自然に逆らわず、風の吹くままその身をさらす。いいねぇ…。 鯉のぼりに なりたい。 画像/MINODA
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