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西出町・まちなか倶楽部へ
![]() 兵庫区、国道2号線の七宮交差点を南へ入り、道なり東へ川崎重工の正面を通り、大きく半円を描いて再び国道2号線へ出る通りがあります。「菜の花ロード」と名づけられています。ピンとくる方もいるかと思いますが、菜の花→菜の花の沖→高田屋嘉兵衛。という訳で、この通りに江戸時代の豪商高田屋嘉兵衛の本店跡の碑があり、近くに「まちなか倶楽部」という小さな資料館が建っています。 今日20日、行って来ました。もともとはこの付近の歴史を尋ねて散策される方のトイレを作ろうということでしたが、せっかくなので展示物を添えようとなり、嘉兵衛に関する資料を中心に地域ゆかりの文献、ポスターなどが集められました。現在は毎週月曜と土曜のみの開館ですが、日曜日ながら特に開けて頂きました。 玄関脇に手水鉢があります。文政9年(1826年)のものらしいです。中には、北前船のランプや木挽のこぎり、マグネットコンパス、明治の酒組合名簿、嘉兵衛に関する文献・資料その他みなとまつりの初期ポスター(小磯良平・作)などが展示されています。淡路や函館の資料館と比較にはなりませんが、それでも散策の休憩時、ちょっと歴史の香りを感じられますし、なにより地域の気軽さがいいです。昔むかしの兵庫の津から少し昔のこの町…。丁寧に案内して下さり、話はパーソナルに盛り上がります。小さな地域の身近な昔ばなし。いいですね。 ![]() 司馬遼太郎の「菜の花の沖」でも熱く語られるように、高田屋嘉兵衛はこの地域の豪商北風家と深く係わり合いながら、やがて高田屋の本店をここ西出町に構え、兵庫の廻船業を大きく発展させた人。 彼の生誕の地、淡路島で菜種を栽培し、灘の水車小屋で菜種油にする。水車業の発展に伴い増え続ける灘目家屋の屋根瓦の生産は淡路島が請負うという、瀬戸内共栄の見事な経済創世期の例…。兵庫の津。もっと高田屋嘉兵衛。「まちなか倶楽部」たのんまっせ。
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